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仕様書のないプログラム

どっかのブログ(どこだったか忘れてた)に「現代は昔と違って多くのニーズが満たされていて,昔と違って何をつくればいいか単純にはわからなくなった」というような内容が書いてあった.
もしそんな記事を見て「本当にその通りだ」と思った人がいるなら,その人にはわざわざIT社会に生きなくても焼き鳥屋やビルの清掃といった道もあるんだよと伝えておく.

世の中は問題で満ちあふれている.

僕はOSの専門家じゃない.でも僕の携帯電話の動作はバカみたいに遅いから,携帯のアーキテクチャのパフォーマンスをフルに引き出すOSの登場を切に願っている.
僕はインターネットの専門家じゃない.でも僕の契約しているプロバイダのモデムはなんだか使い辛くて,でも僕の住んでる地域は他に選択肢がないからなんとかしてほしいと切に願っている.

世の中は問題で満ちあふれている.

--------------そんな前置き--------------

僕のところに来る仕事ではまず100%仕様設計書がない.
「仕様書がないプログラムなんてオモチャだ」「そんなプログラムはビジネスの対象にはとてもならない」.あぁほんとその通りだ.僕も嫌になるくらいそう思う.
でもそんなプログラムが時には一般のソフトウェアの相場を遥かに上回る値段で取り引きされることもある.嘘じゃない.
僕が属しているのはそういう業界だから,そんな無茶がまかり通る.
それは一人でつくろうが一万人でつくろうが値段は変わらない.それが相場だから.

仕様書がないからって別にいい加減にプログラムをつくっているわけではない.
例え時間がなくてテストが不十分だったとしても,大体取引先が検収(要件を満たしているか検証)をして,その後に報酬の支払いが行われる.ニーズを満たして取引先が満足しているんだからそれは正当な報酬だと思う.

それでも「仕様書のないプログラムは考えられない」と言う人は後を立たない.そういう人は永遠に/dev/nullからの出力を取得する方法でも考えていればいいと思う.

なんの話だっけ.仕様書のないプログラムでも金になる時はあるってことだ.じゃあどういう時がそういう時かというと,多くの場合まったく新しいアプローチを実装したプログラムがそれにあたる.
つまるところ研究や実験的要素が多いプログラムがそれだ.そういうプログラム(言葉を変えるとシステム)は仕様書を用意しても実装した時に仕様書の通りではまったく実現できないことが多い.だから仕様書をあらかじめ書くと時間の無駄になってしまう確率が高いのだ.だから先には書かない.

でも人間社会の技術を進歩させるのはいつもそんなプログラムだ.だから「ニーズが満たされ過ぎてて何をつくればいいのかよくわからない」と言う人は仕様書のないプログラムをほとんど書いた事がないんだと思う.だってその仕様書を見て完全にプログラムをつくれるなら,その問題はすでに解決しているのだから.すでに過去に満たされたニーズを実体化しているに過ぎない(もちろんそれはそれで意味はあると思う).

そのような仕事は工場のロボットと同じだし,あるいは凡庸な社会の歯車だ.

そしてそのような場に疑問を持ち,愚痴をこぼし,社会の何かが間違っていると叫ぶ人はハッカーになるべきだと思う.コードをコードとしてではなく表現として受け取り,コードからコードを生み出せる天才を目指すべきだ.そして人々から自然とそう呼ばれるようになったとき,はじめて自分が慣れ親しんだ仕様書という文字の固まりの本当の意味がわかると思う.

ってさっきキヨスクで知らないおっさんに言われた.

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