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googleでブログをつくってみました.

貝は冷蔵庫でうまれない

ダメ効果

中川翔子さんのブログをひさしぶりにのぞいてみたんだが,最近のエントリがなんだかとてつもなくグロいことになっている.

よく見るとお菓子とか本人の写真とかなんだが,内蔵とかthe bodyとかにしか見えない.背景がピンクなので可愛さ余ってよけいグロい.わざとやっているんだろうか.

PRしない宣伝

NHKに取り上げられた 女子大生のブログ炎上

いち個人blogを書く人が企業からお金をもらって商品をレビューし,そのことがNHKで放送されたらブログが大きく炎上したというお話.

ここで問題になるのは,お金をもらっていたことが放送までユーザーに知られなかったため,個人として信用されていた中の人がヤラセとして受け止められてしまったことにある.
ブログを書いてアフィリエイトなんかをやっているひとなら結構思い当たることも多いのではないだろうか.

商品に対しての第三者の評価と当事者およびその関係者の評価では,同じ言葉でもユーザーにとっては時には真逆の意味になる場合もある.

企業側がへたくそなPRをすると,何か穴があった場合悪評ばかりが有名になってかえって逆効果になることもめずらしくない(最近のソフトバンクとかね).特にWEB上ではそれが顕著にあらわれる.

そこで第三者を使って口コミで宣伝することが重要になるのだが,そうそう都合のいいことを有名なブロガーが書いてくれるはずもない.だから対価として原稿料を支払い書いてもらう.

しかしこれは大きな矛盾で,原稿料を受け取った時点でブロガーは第三者ではなく企業関係者になってしまい,本末転倒になる.それを隠そうとすれば文字どおりサクラ/ヤラセであり,それを見たユーザが「フェアじゃない」と言うのは当然の事だ.

おもしろいことに,じつはブログを書いた人間にしてみればサクラではなく"本当に思った通りの評価を書いた"場合もあるということだ.しかしどういうつもりであってもそれが文章で伝わらなければユーザは"ヤラセ"と"本当の評価"を区別することはできない.極論を言えば,炎上するのはユーザに自分の意図を伝えきれなかったブロガーの文章力に問題があっただけなのである.

いまどきのブログの"じょうずなかきかた"には以下の鉄則がある

1.出る杭は徹底的に叩く
2.ときどきほめる
3.するどい突っ込みに備えてgoogleなどを使い徹底的に準備
4.小物はスルー

基本は太古の日本より親しまれているアメとムチである.ただし叩くときはホトケ心を出さず徹底的に叩かなければならない.またほめる時もあくまで論理的に述べ,なるべく叩きながらほめなければならない.

ブログを通して上手にお金を受け取ってる人は例外なくこれがうまい.基本的にPRするべき商品を叩きながら売るから(これがほんとの叩き売り?)なぜかリアリティがあり興味をそそられる.もちろん"ヤラセ"と思われないようにどこかに必ずお金を受け取っていることを明記する.

この方法の利点は,基本的に自分は叩く側なのでどこかのブログを炎上させることはあっても,自分のところはよっぽどアホなことをしない限り火の粉が飛ばない点にある.

あんまり褒められた方法ではないが,ブログで一山当てようという人は覚えておくといいかもしれない.

ヒーローの不在

いじめと個性[404 Blog Not Found]

元記事はこちら

別にいじめをうけていたわけじゃないが,自分の[小-中]学校の時を思い出してみる.10年程度の前のことだ.

いじめを受けた際に相談できる相手を聞くと「教師」はわずか19%で、「いない」と答えた子どもは2割を超えた。

いきなりだが,その頃の僕と友人達は自分以外のすべての人間が敵だと考えていた.
ちょうど"親や教師も人間"だということを認識しはじめたころで,だからその反発でそんな風に考えていたんだと思う.そして自分以外の誰かを頼ることは死ぬことよりも罪だと思ってた.

別にすさんでたわけでもなく,誰でもそんな風に考えた時は少なからずあるだろう.

その時の僕がいじめに類する行動を他者から受けていたら,自殺はしなくても相手をナイフでひと突きするくらいはしていたかも知れない.頭の足りない子供だと言われればちょっと否定できない.

事実僕の友人の誰かが放課後別の誰かに言われのない理由でボコボコに殴られたら,翌日校舎内の人目のないところで前日やられた方が後ろからやった方に殴りかかるという報復は日常的に行われていた.
うちの中学高校ではそういうことはあまりなかったんだが,友人の進学した学校でも特にひどいところでは,それの行きすぎで死者が出ることもあった.

それは報復するか自殺するかということ以外いじめとの違いはない.
誰かに殴られた事を相談すれば,翌日からはクラスで立派な"卑怯者"扱いである.

いじめの話をする時その解決策はいろいろ提案されるのだが,常套句の「くにのたいさく」「きょうしのしごと」「かていのかんきょう」ではどれも被害者の主観が語られない.

「自殺する前にどうして逃げなかったのか」
「自殺する前にどうして誰にも相談しなかったのか」

簡単なことだ.そんなことするぐらいだったら死んだ方がマシだからである.
かしこいおとなから見たらひどくバカバカしいかも知れないが,少なくともその時の年代の僕や僕の知っている友人達は本気でそう思っていた.
でも死ぬのは嫌だから報復するのだが,そうじゃない人は死ぬまで塞ぎ込か,パシリにでもなって必死に機嫌をとるしかないのだろう.

「どうして」と問う人はそれを忘れてしまったか,よほどおめでたいのである.

「くに」「きょうし」「かてい」は言われのない苦痛から救い出してくれるヒーローではない.
例えこれらがそうあろうとしても,そうはなり得ない.

「くに」「きょうし」「かてい」の役割はヒーローになることではなくヒーローを育てることである.
自分にとってのヒーローになりうるのは自分しかいないことを,十代という生涯の半分にも相当する長い時間をかけて教えなければならない.

ばあちゃるましんとえみゅれえたあ

シャワーを浴びた後服を着るのを忘れたまま洗濯物を干していた.
それを見て通り行く人々の青ざめた顔と,なぜか一人だけ顔を赤らめていたジャージ姿のおじさんの顔を僕は永遠に忘れることはないと思う.

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僕のまわりではいま密かにポケモンブームである.
もちろん僕のまわりというのはいい年した恥ずかしい大人達である.
いい年した大人達が電車の中でポケモンをプレーして,横から覗き込んできたあほうな子供にダメ出しされたりしている.

ポケモンが動作する任天堂DSというゲーム機も,イニシエの例に従いエミュレータ開発が行われている.
今のところ動作が不安定で商用ソフトをロードしてガンガン遊べるレベルではないそうだが,そうなるのも時間の問題だろう.

小さいゲーム機というのはわりとハッキングしやすい.物理的なリソースの問題で大きいハードと比べ機能が限定されているからである.(それでも一昔前とくらべるとかなり多機能になった).

物理的なリソースというのはCPUである.高性能なフラッシュメモリなどの登場によりもはや記憶媒体は小型化されすぎて問題ではなくなってしまった.
エミュレータ開発は,このCPUをバーチャルマシンとすることからはじまる.

完全なCPUのバーチャルマシンはISS(命令セットシミュレータ)であり,これは通常CPU開発の前段階でC/C++言語により開発される検証用のソフトウェアである.
ゲームエミュレータは仕様を見ながらこのISSにシステムコールやらデバイスやらをPC上のものにバインドしたものと考えればいい.もちろんISSそのものも一から開発する.

エミュレータ製作はハッキング行為そのものであり,仕様さえ分かれば実はプログラミング自体はそれほど難しくはない.仕様が分からない部分をリバースエンジニアリングによって洗い出すことが大変なのである.

話がダラダラ続いてしまったが,結局エミュレータが不完全たるのはこのリバースエンジニアリングによるボトムアップ的な開発方法しかなく,明確な仕様が定まらないために他ならない.

結論を言うと,DSエミュレータでポケモン(ダイヤモンド)動いてほしい.

MSがSuseサポート

Microsoft社がSuse Linuxの販売サポートを発表

僕はパソコンに関して,プログラム開発をSuseLinuxで行いドキュメントをWindowsでつくるというのが基本的なスタイルなので,このニュースははっきり言っておどろいた.
これを機会にSuseでofficeあたりのフォーマットを完全にサポートしてくれたら,もうディアルブートする必要すらなくなるではないか.なんと喜ばしいことだ.

で,ちょっと話は脱線するんだが当該リンク先のコメントで,

Object指向云々はオマケと思ってもいいが、その足回りの問題としてガベコレとExceptionは安定したアプリを作るために極めて強力な道具だ し、C言語(というかアセンブラ)ベースのリンカ/ローダの複雑さを捨ててVMベースで再整理されたローダを使えばアプリの作成のみならず配布まで楽に なってくれる。時代は(今というよりは10年前から既に)C言語よサヨウナラの時代だったわけだ。

というのがあるんだが,実際C言語はサヨナウナラされてもいないし,安定したアプリケーションをつくることもできる.常識なので語るのもバカらしいが,C言語にもGCがあり必要ならプログラムに組み込むことができる.

「プログラミング言語のシェア」について,おもしろいことに僕は同時期に二つの記事を目にしている.すなわち

1. Javaが大半
2. C/C++が80%程度,Javaは10%程度

である.
どうしてこういう結果が出たのかは言うまでもない.調査範囲の差だ.
じゃあ広い範囲で見たらどっちが正解か?と聞かれたら,実は後者である.

考えてみたら当然の話で,Javaのプログラムを動かすためにはJavaのVMが必要であり,JavaのVMを実装するためにはC言語が必要になる.
Javaを使うために必ずC言語が必要になるのだから,

Java > C言語

は絶対にあり得ない.小学生でも分かる話だ.
じゃあどうして1という調査結果が出るのかと言うと,それはすでにJavaがデフォルトで整備されている環境の中で調査されたからに他ならない.

WEB上では勘違いしているプログラマがあまりにも目立つが,世の中にはパソコンのOS上以外で動くプログラムの方が多く,そしてそれらのプログラムもパソコン上でコーディングされた後クロスコンパイルされるのである.
VMという概念は本当に一部の分野においてのみ有効なのであることを忘れてはならない.

これを忘れると,VM上でしかプログラムをつくれないプログラマが,このエントリの後半でも語られているようなVM基板をC言語で開発しなければならない開発者に,余計な負担を強いることになる.

ソフトバンク勝ち越し

番号持ち運びで端末販売台数急増 ドコモはシェア落とす

この記事のタイトルだと素通りしちゃう人もいるかも知れないから書くが

ドコモ -5%
au +2%
ソフトバンク +3%

ソフトバンク伸びてる.
auに流れたかと思ってたらやはり混乱が鎮静化してからの伸びがあったもよう.
yahooに続き,一見これで完全に商売は商品の中身に関係なく話題を作ったもん勝ちという世の中の仕組みが証明されたかのように見える.まぁソフトバンクの品質は悪くないのかもしれないが.

でも僕の予想だと予想外割り引きは実際にはあんま関係ない.というか予想外割り引きはたぶん足を引っ張っている.

じゃあ何故伸びたかと言うと,どちらかと言えばラブ定額に惹かれて移った人が多いんじゃないだろうか. 何しろ通話料を本当に無料にできるのはウィルコムかラブ定額しかなく,ウィルコムはNMP対象外だから他に選択肢がない.(端末二台持ったり070になったりするのが嫌だという人も多かろう)

この辺は実際に移行したユーザに聞いてみたいところ.

小さな敷居,大きな障害

とてつもなく巨大なタラちゃんが天空から降ってくる夢を見て,恐怖とともに目がさめた.
そんな絶望にも似た目覚めを通り過ぎた後,いつも通り仕事をはじめる.

.....で,この間からはじめてUMLをつかって設計作業をやっているのだが,僕はこのプロジェクト開始当初UMLをOpenOfficeImpressを使って作画しようとするほどの無知だった.
しかしフリーのUML作画ツールがあるということを全知全能のG様に教えていただき,今ではすっかりオブジェクト指向による設計を楽しめるようになっている.

実際使ってみるとUMLは本当に便利だ.
はじめはこんなもの書くのはめんどうだと思っていたのだが,ハードもソフトも越え,さらにITという枠を越えたシステムすら容易にモデリングできるはちょっと革命的だ.たぶんこの便利さは使っている人にしかわからない.

しかし,UML自身は便利なんだが,その作画ツールは正直言って満足できるとは言いがたい.
UMLだからJavaみたいな感覚でつくられているのがいただけない.

僕はJavaアプリケーションというものが大嫌いだ.
バイナリ互換なんて嘘である.ついさっき,java本体をアップグレードしただけでArgoUMLがまともに動かなくなった.仕方がないので同ソフトがきちんと動作するまでjavaをダウングレードする.それでも一部の機能はアップグレード前の状態になおらなくなった.

javaはプログラムにおけるいろんな敷居を下げてくれる.
しかし敷居を下げるだけであって完全に敷居を取り払ってくれるものではない.
そして残った小さな敷居がユーザにとって致命的な障害になるのである.

まぁ愚痴っても仕方ないんだが.

そういえば携帯電話を設計するとき,どの部分が一番大変かと言うと「Javaの実装」だと答えている記事をどこかで目にした.
最近の携帯電話は設計工数の半分以上がソフトウェア開発に費されるらしいが,その中でも特に比重の大きいJavaにおいてはVMだけじゃなくデバイスまわりを実装するのが非常に大変らしい.
VMによって一見高度な互換性を得ているように見えるが,実際には開発者に更なる負担を強いる場面もあるということだ.

これもまた"小さな敷居,大きな障害"である.

ただ乗り戦士

2006年度日本OSSフリーライダー賞

今さっきはじめてじっくり読んだんだがけっこうおもしろかった.
個人的には受賞に対する佐渡さんのコメントが心に鐘を鳴らした.

賛否両論あると思うが,個人的にはなんのフィードバックもしなくてもオープンソースを利用し倒してただ乗りするのは全然良いんじゃないかと思っている.
何しろ人間が利用して生かさなければソースコードなんてただの0と1のオセロだ.
どうしてもフィードバックがほしければそのような運用方式にすればいいだけの話である.

僕は形だけとは言えOSSを開発しているので残念ながら純粋なフリーライダーにはなれないが,たくさんのOSSにフリーライドして自分の利益を追求しようと思う.


World Wide Web 2.0 is the large theme park for free riders.

___K.Tsuchiya___

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